"the Rising Sun"

taros_magazine2009-07-28

現在テレビ中継されるすべてスポーツ番組の中で、解説者として最も優れている人物はおそらくこの人だろう

栗村 修("team skil shimano" スポーツディレクター)

主にスカイ・パーフェクTVで中継される自転車のロードレース競技を解説する彼は、かつて自転車競技の本場・ヨーロッパでのプロ経験もある日本では数少ない人物である

テレビ画面に映る、同じジャージに身を包み、同じヘルメットを被り、同じ自転車に乗る何人もの選手…その中から、彼は体型とフォームの違いから瞬時に個人を特定する
豊富な経験と圧倒的な知識を、初めて自転車競技を見るビギナーからエキスパートまで唸らせるほどの適切な言葉で表現することができる語彙の豊かさ、随所で語られるほほえましいエピソードやジョーク、そして時にはドーピングやそれを取り巻く環境に対し毅然と物を言う姿勢…どれをとっても、ただ競技の経験があるだけ、あるいはテレビ的に知名度があるだけの一般論・精神論・結果論に終始するメジャー競技の解説者など足元にも及ばないレベルである

ところが、その彼があろうことか世界最大の自転車レース”ツール・ド・フランス”の、それも最終日のクライマックスが近づいた途端、中継されている番組でほとんど発言しなくなってしまったのだ

しかもレースは信じられないような展開を見せているというのに…
この100年に及ぶ壮大な歴史を誇るレースで、去年までの95回でたった1人しか日本人が出場していなかった(しかも途中リタイヤ)レースで、13年ぶりに出場した日本人がトップグループを率いてシャンゼリゼの大通りをゴール目指して激走していたのだった

日本の自転車レースファンが夢にまで見た光景…それが今、現実のものとしてテレビ画面に映し出されている
そしてテレビ中継を見ている多くのファンが、栗村氏がどのような言葉でその偉業を表現するかを待ち望んでいるであろうに、あの饒舌な氏がなかなか言葉を発しない…

栗村氏は言葉を発することができなかったのだ。泣いていたから…

この競技において、日本人であることがどれほど大きなハンディキャップとなっているか…国土の地形、交通事情、競技の認知度、そして言葉の壁…それらすべてを乗り越えた者だけがやっとたどり着けるヨーロッパのプロチーム、さらにそこで世界中のエリート達との厳しい競争を勝ち抜いた者だけがスタートラインにつくことができる”ツール・ド・フランス

『僕も”ここにいたい”と、この瞬間を夢見て競技を続けていた』
しばらくしてそう言葉をしぼり出した栗村氏…現在彼が広報を勤めるチームに所属する別府史之が、この晴れ舞台で、至るところで打ち振られる日の丸の中で激走する姿を見て遂に感極まってしまったのだ

最終的に別府選手は勝てなかったが、この日一番光る走りをした選手に贈られる”敢闘賞”が与えられた

これまで何度も素晴らしいシーンを、美しい言葉でより感動的に伝えてきた栗村氏
その氏がこの日の快挙を表現した方法…それは”沈黙”
百凡の言葉などでは到底表現できないほどの、感動的で美しい沈黙だった